2017年03月08日

病院との闘い


妹の治療は順調とはいかないまでも、少しずつ進んでいるようにわたしには見える。
主治医も「薬がうまく効いてきていると思う」(いちいち語尾に「と思う」を付けるところがムカつく)と言っている。
それなのに、事あるごとに「最悪の結果となることも覚悟しておいたほうがいいと思う」などと主治医は吐かす。
おまえの身にだっていつ何があるかわからないくせに、なぜわざわざそんなことを言うのか理解に苦しむ。
それを聞いて「はい、わかりました!」って応えるのが普通の家族なの?
母にもわたしにもそんなことはとてもできない。
大体、それを覚悟しておいたところでどんなメリットがあるというのだ。

医者だけでなく、看護師やソーシャルワーカーなんかもしゃしゃり出てきて、在宅医療の準備をしろだの、家をリフォームしろだの、本当にうるさい。
しかもわたしの仕事中でもおかまいなしに電話をかけてきて、「今から病院へ来てください」なんてことを気安く言いやがる。
「まともな社会人なら事前にアポぐらい取ったらどうなの?」って言いたくなるのをぐっと堪えて、わたしは毎回ソイツらに付き合ってやっている。
こっちは妹の入院費を稼ぐために必死で働いているんだから、在宅医療とかそんなくだらない話で時間を無駄にさせないでほしい。

そもそも家をリフォームしろって、一体どんな状態で妹を退院させるつもりだよ。
もし今の状態でこの病院を追い出されたりしたら大変なことになりかねないから適当に話を聞いてやっているけど、在宅医療を利用するつもりもないし、もちろん家をリフォームするつもりもない。

どうか妹がちゃんと元気になって退院できますように。
posted by せつこ at 00:06| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

前向きに治療と付き合うということ


妹の治療は長く続きそうです。
そうなると、妹の精神力というものがとても重要になってくると私は思うのです。
幸いなことに現在の妹は食欲もあり、好きなテレビを観て笑うこともできます。
今後は苦しい治療に耐えなければならない場面もでてくるかもしれないので、私としては現在の精神状態をできるだけ長く保てるように、妹には明るく接するよう心掛けています。

ところが主治医は私を呼び出しては治療がうまくいかなかった場合の話ばかりするのです。
妹は自分がどういう治療を受けているのか知っています。それでも母や私にはそんな話は一切せずに笑顔すら見せてくれます。
つまり妹は、たった一人で病気と闘おうとしているのです。
そうやって健気に病気に立ち向かっている妹を見ながら、治療がうまくいかなかった場合のことなど母も私も考えることはできません。

妹が診断されているのと同じ病名で検索すると闘病中の方のブログがたくさん出てきますが、主治医が明るく接してくれていて、つらくもありながら楽しそうに過ごされている方がほとんどです。
それなのに妹の主治医はいちいち深刻な話ばかりしてくるので、母も私も病気そのものより主治医のおかげで精神的に参っています。

前向きに治療と付き合おうとするのは悪いことなのでしょうか?

万が一のことを考えておくこともある意味では必要なのかもしれませんが、励ましてくれたり、私たちに寄り添うような姿勢も一切感じられないので、そんな主治医と付き合いながら妹に明るく接するのは本当に苦しいです。

そこで私は気づきました。
病気と闘うということは、病気だけでなく、病院との闘いでもあるのだということに。

特に妹が入院しているのは主に急性期の患者を扱う総合病院なので、連日の検査についても本当にそれが必要なのか疑問に感じることもしばしばです。

要するに、医者からの脅しや、体力を奪いかねない検査に耐え抜いてこそ、憎き病気に克つことができるのです。

妹と母と私は一体です。
三人で力を合わせ、必ず病気に打ち克ってみせます。
posted by せつこ at 01:47| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

妹が元気になりますように


妹が元気になりますように
posted by せつこ at 18:16| 日記 | 更新情報をチェックする